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003『スペシャルティコーヒー物語』

 

「生活が仕事のヒントになり、仕事が生活を豊かにしてくれるような生き方がしたい」

 

そんなことを考えているうちに行きついたのが、翻訳の仕事でした。

 

何でも一応体験しておくと、いずれ何らかの形で翻訳の役に立つのです。

そして、本を訳すたびに、自分の生活がちょっとずつ変わっていく。

 

 

先月出たこの本を訳しているときもそうでした。

 

『スペシャルティコーヒー物語――最高品質コーヒーを世界に広めた人々』

 

著者は女性フードジャーナリスト。

コーヒーについては、毎朝飲んではいたけれど素人、という立場から取材をスタートし、

実際に味わい、旅しながら、スペシャルティコーヒーの世界に魅せられていきます。

 

本書が書かれてから約10年。今では日本でも気軽にスペシャルティコーヒーが楽しめます。

産地・農園・品種・年度まで詳しくスペックが記されたコーヒーを、

焙煎度や抽出方法まで意識して、味わい比べることができる時代です。

 

本書を読んで(訳して)いると、実際に味わってみたくてしかたなくなります。

それもこれも、訳すための下調べだ!

そうして私は、有名喫茶店に足を運んでみたり、ハンドミルを新たに購入したり、

高級豆をネットで取り寄せてみたり、しはじめたのでした。

 

ニカラグア、グアテマラの章を訳すときは、南米のコーヒーばかりをカフェで注文していました。

 

エチオピアの章を訳していたときには、近所の焙煎屋でイルガチェフェの豆を偶然見つけて小躍りし、

もちろん買って帰り、丁寧に淹れて飲みながら訳しました。

 

パナマの章を訳したときは、奮発してエスメラルダ・ゲイシャをお取り寄せしました。

 

そうやって、各地を旅しているような気分で、

その土地ごとの自然の風景、人々の暮らしや政治的背景に思いを馳せながら味わうと、

コーヒーの種類ごとの味わいの違いも、より一層際立って香り立つように感じられました。

 

ええ、もちろん、Googleマップでその土地に降り立ち、著者が通った道を探したりもしました。

 

 

 

著者は素人ですし、取材に答えてくれる人々の知識にも曖昧な部分はありますが、

直接取材し、見て聞いているからこその情報の瑞々しさが、この本の一番の魅力でしょう。

 

まずは感じて、興味をもったあと、より正確な情報を求めて他の本にあたるようにすれば、

単なる知識の詰め込みにならずにコーヒーについて学んでいけるのではないかと思います。

 

この本に足りていない部分については、巻末の解説がしっかり補ってくれています。

解説を担当してくださっている旦部幸博氏のご著書『コーヒーの科学』(講談社、ブルーバックス)、『珈琲の世界史』(講談社現代新書)なども、知識欲を満たしてくれますし、本書に唯一登場する日本人、丸山健太郎氏のご著書や監修本を読めば、コーヒーを一層美味しく飲めるようになるでしょう。

 

   *  *  *

 

先日、東京・表参道にある丸山珈琲を初めて訪れました。

軽井沢まで行かなくても表参道にあったんですねぇ。

丸山珈琲初のシングルオリジンコーヒー専門店です。

 

本書にも登場するパナマのエリダ農園のコーヒーを、

品種&標高&生産処理法ちがいで、2カップ飲み比べたのですが、

 

ゲイシャの一口目が衝撃的でした!!

・・・ジューシーってこういうことか・・・鼻腔で味わうってこういうことか・・・

 

そして、ハニーエリダもこれまた、全然タイプがちがって、トロリとうまい!

 

いずれも、従来のいわゆる「喫茶店の珈琲」とはまったくイメージが違いましたし、

訳しながら自分で淹れていたコーヒーとも次元が違いました。

紅茶のように軽やかでもあり、若いワインのような果実味もあり、

でもコーヒーらしい鼻をくすぐるような豊かさもあり・・・

 

素人でもそんな感想を誰かに話したくなるほどでした。

 


『スペシャルティコーヒー物語――最高品質コーヒーを世界に広めた人々』

マイケル・ワイスマン (著)、旦部 幸博 (日本語版監修・解説)、久保 尚子 (訳)、

楽工社(編集協力:高松夕佳、装幀:水戸部功)